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引きこもりと対人恐怖症

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ひきこもり
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他人の目を気にする人

こんなこと心当たりがないだろうか。

  • 友達の誘いを断れない・・・
  • セールスや勧誘を強く断れない・・・
  • 行きたいところや食べたい食べがあっても他人の行きたいとこを優先して自分の気持ちを伝えない
  • 嫌です・無理です等の言葉が言い難い
  • 店員さんに聞きたい事があっても声をかけれない
  • 着たい服が別にあっても無難な服をついつい買ってしまう
  • 知らないという事が恥ずかしくついつい知ったかぶりをして話を合わせてしまう。

このように悪いから・・・どう思われるか・・・と気にして自分が上手くだせない。これでは息苦しく手当たり前。まさに私もそうだった。

そんな私は常に人当たりが言いとか優しいとか良い人とか好印象を受けてきた。読まれてる方の中でもこのような人は多いのでは。それはそれで悪いことではないのでいいのだが問題は自分が出せないというところであろう。まさに仮面を被った状態ではないのか。素を出せない環境で評価を得ても疲れるだけ。

そこにある根源はなにか、それはやはり人に嫌われたくないとか機嫌を損なうんじゃないとかといった感情。

私の場合は結局、爆発し他人と衝突してしまい、いい人、優しい人だったはずの人が急に怒りだすものだからそれはそれは他人はびっくりするのである。人によってはそこから不登校や引きこもりになる人も多いのでは。

嫌われたくない、どう思われるか不安といった他人の目を気にしすぎる思いや行動を心理学ではドライバーと言うそうである。

では、それらはどうして根付いたか。それは幼少期にあるという。親の注意を素直に聞いていれば褒められ逆に注意を怠った時には親が不機嫌になる。そうやって親の顔色を窺いすぎた結果、大人になったら友達や同僚、上司などに対してもそういう思い(ドライバー)が出てしまうそうなのである。

改善方法はあるのか

色々調べてみたが、そうそう簡単ではないようである。それはそうだろう幼少期から植え付けられてきたものなのだから。

だとすれば、時間はかかるが意識の植え替えをすればいいのではないか。そこでゲシュタルトの祈りを紹介したい。


私は私のことをする
あなたはあなたのことをする


私は、あなたの期待に応えるために生きているわけではない
そしてあなたも、私の期待に応えるために生きているわけではない

私は私、あなたはあなた
もしも偶然、私たちの心が触れ合うならば、それは素敵なことだ
もし触れ合えないとしても、それは仕方のないことだ


ゲシュタルト療法

これを毎日復唱するらしい。目的は課題の分離というもので祈りに出てくる「私は私、あなたはあなた」のこの部分である。人目を気にしないで上手く人付き合いができている人はこの課題の分離ができているらしい。

これを復唱することでドライバーから課題の分離が植え付けられるのだという。

ただ毎日、度々復唱するだけである、お金がかかるわけではないのでやって損することはない。やってみようではないか。

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