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鬱は甘えなのか?

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うつ
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心の問題、あるいは精神疾患にだいぶ理解が増した昨今、それでも「鬱は甘えだ」という人はいる。恐らくこれはなくならない。しかしけして鬱は甘えなどではない。この前提にたって以降の話を続けていく。

ここからは鬱の人にとって辛辣な発言もあるかもしれない。まさに今、病院に受診したばかりで休息が必要と診断された人、もしくは自身で辛辣な言葉に耐えられないと思う人はこのページを閉じてもらいたい。少しでも変えたい前を進みたいと思う人、又は変える時期にきたと思われるにだけ読んでいただければと思う。

先にも述べたが随分と心の問題、精神的な問題に理解を示してくれる社会になったものだ。普通に「私は鬱です」「パニック障害です」と言える時代になった。(言えない人もいるが)それは、とてもいいことだと思うしそうあるべきだと思う。インターネットを通じて色んな情報が得られることで心の問題、精神的な問題を抱えた人への接し方が増えたことが要因の一つでもあるだろう。

鬱と診断されたら必ず「休養してください」と言われる。よく身体疾患などを例に挙げ骨折をしてギブスなどで固定して安静にして治癒力で骨がくっつくというもの。鬱もそういった自然治癒力の期間が必要と考えられている。確かにそうだしそこに異論はない。ただ、骨(身体的外傷)は多少の個人差はあれど概ね休む期間というのは本人が自覚をもたないでも確実にある。しかし、鬱に関して言えば医者でもわからないし本人にもわからない。もしギブスをしたまま放置していたならば筋肉は痩せ細り骨折した場所が脚ならば歩くことが困難になるだろう。しかし、そうならないのはレントゲンでしっかりと骨がくっついてるのが確認できるから。これを鬱だとしたら、どうなのか。心のレントゲンなるものがあるわけでもない、心の場合の筋肉とはなにか、それはストレス耐久力になるだろうと私は思う。休ませたままの心の筋肉(ストレス耐久力)はどんどん痩せ衰えていく。

重度の外傷を負った人ならわかると思うが、治癒後のリハビリは相当キツイ。ならば必要以上にギブスでがっちがちにしていた後のリハビリはその何倍ものキツさが伴うのは想像に容易いと思う。鬱は外傷のように完治してるのが目に見えてわかるものでないわけで医師にもわかるわけもなく言えることはアドバイスでしかない。結局は自分自身で動き出す(リハビリ)のタイミングをはからなくちゃいけないのだ。

人は生活習慣を変えることがなかなかできない。だからこそ心が悲鳴を上げていたにもかかわらず、変える事の変化に恐れ壊れるくらいまで我慢してしまったのが鬱である。今度は、勇気をだして病院に行き休憩をすることの大事さを知った。けれど、その休憩という習慣から変わる勇気が必要だ。休憩という習慣はどんどんストレス耐久力を奪っていく。焦らせるつもりはないし焦って欲しくもないが、そこだけは意識しておいてもらいたい。

また下記は習慣に関する人の心理と習慣を変える方法をアドバイスする動画である参考にしてみてはいかがだろう

人生を変える習慣化の技法【筋トレ・ダイエット・勉強・英会話になんでも続けられるようになる!】

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